暇鳥風月

暇鳥風月

ざれごとからたわごとまで

便所の落書き②

ちょいちょい匂わせていることなんですけど、コロナ禍で短歌を始めました。ただ、始めたって公言するほど上手くもないし、結社に属しているわけでもないし、そもそも文芸に対して理解が深いわけでもないです。文芸を深い深い海とするならば、その端っこの磯場でカニちゃぷちゃぷ戯れてる、そんなところです。じゃあなんで宣言したのって言われましてもですね、弱い犬ほどよく吠えるってもんです、わかってください。

 

なんだかんだでコロナが収束するまでは続けたいなあって思ってます。思ってるんですけど、結局私のことはどうでもよくて、それとは別にちょっと思ってることがあるのでそれについて書こうと思います。はい。短歌は踏み台でした。

 

私自身理系の大学に行ってることもあって、ときどき感じるんですけど、それは文系の学問に対する偏見というか、科学至上主義というか、ちょっと端的にまとめるのが難しいんですけど、そういう感じのやつ。高校にもいませんでした?自分が理系を選んだことに酔ってる理系のやつ。厳密に言うとそれとはちょっと違うんですけど、まあそういう感じのやつです。

まあでも私の学部はマシというか、そもそも学際的なコンセプトで生まれた学科なのでそこまでじゃないんですけど、別の学科とか学部の人とたまーに交流する際に、さっき言ったような人がちらほらいるんですよね。

 

で、そういう人に対してわたしはあまり快い感情を持っていないんですけど、彼らが一概に間違ってるかっていうと必ずしもそうではなくて、やっぱりめちゃくちゃ学問に対して真剣な姿勢を貫こうとしたときに、社会学とかの学問的な不安定さだとかって気になっちゃうわけで、そういう面では理にかなってたりするんです。

 

けどね、拗らせに拗らせたやつっているんですよ。僕が今までに会った人でこんなことを言う人がいました。

 

「文学部って無駄じゃん?」

 

結構過激な発言だったので、マイルドに、ついでにカンクロウ風味に仕立て上げました。人が何を思おうが自由なのですが、これを聞いた時には私は反発的な感情を抱きました。

 

 

でも、考えれば考えるほど、文芸って無駄なんですよね。ごめんなさい、喧嘩売ってる訳ではないんです。でも、極論で言うと無駄なんです。

 

 

先の大戦の、学徒出陣において真っ先に切り捨てられたのは文系の人間でした。なんというか、話の転換と切り出しが果てしなく雑ですが、この歴史的事実からわかるのは、当時「理系と言われるようなものがより有益」という結論が下されたことがある、ということです。要するに文系ってやつはいらない子扱いされてしまった過去があるんですよね。

 

 

 

でも、「無駄だから必要ない」って考え、正論のように見えてすごく危ないと思うんです。

 

 

無駄がないとどうなるか、COVID-19が強烈に教えてくれたと思います。個人の体験ですけど、私は昨年、通学時間だとか人付き合いだとか、そういうしがらみから解放されたのを良いきっかけにしようとして、無駄を切り捨ててやるべきこととやりたいことにストイック(当社比)に打ち込んだ時期が存在しました。しかし結局2ヶ月ほどで燃料切れを起こして、自律神経を狂わせて今に至っています。

短歌を始めたのはちょうど燃料切れを起こしたあたりと一致していました。これは単なる偶然なのかもしれないですけど、私はそうじゃないと思うんです。

 

不要不急を削ぎ落とした結果、大げさですけど生活そのものも削ぎ落とされました。少なくとも私はそう感じました。そこで今までは当たり前のようにあった日常のムダの重要性に気づいたんです。日常のなかで無駄に思える物事って、人体で言うところのH2Oみたいなものなんじゃないかなぁって。それこそ今年は痩せるために水分を摂れずにだんだんと干からびてゆくような、そんな一年だったなぁって。そう思うんです。あ、もちろん不要不急を進んでやれってことじゃないですよ。ただ、無駄って必要だよなあってことを思った、それだけです。

 

 

勢いで結論言っちゃいましたが、無駄って必要なんです。無駄だから必要と言うべきでしょうか。

 

 

文芸の、特に詩歌はその中に存在する余白を楽しむものだとなんかで読みました。実際そうだと個人的に思ってますし、なんなら文芸自体が余白そのものなんじゃないかって、この男は、文芸のなんたるかを微塵も知らない磯場ちゃぷちゃぷ戯れ男はですね、思うんですよ。

 

余白ってのは切り捨ててギチギチにできるものです。だから何回でも言いますけど、この余白ってのはやっぱ無駄なんです、これって。でもその無駄に、誰もが救われてるってのもまた事実でしょう?これは覆らないと思います。

 

 

 

だから、ウイルスにゆるく締め付けられた異常事態が去るまでは、この無駄とやらに浸かっていようと思います。